2017年9月22日金曜日

ワーニャ伯父さん@新国立劇場

2014年9月18日マチネ(料金7000円)
演出:ケラリーノ・サンドロヴィチ
シス・カンパニープロデュース
上演時間2時間12分 休憩15分

ケラ演出のチェーホフは三人姉妹に続いて二度目。
台本がケラリーノとある通り、多少のレジが加えられているが
筋には手が加えられておらず、脇役の冗長な台詞がカットされているくらいのため
影響はほとんどない。

舞台装置は本棚やテーブル椅子、そして窓枠といった最低限のみが置かれ
開幕前には薄い向こうが透けて見える白いカーテンが下がっている。
ロシアの演出でもこうした空間がひらけた舞台が多いが、チェーホフ作品には
ピーター・ブルックではないが何もない空間が良くマッチする。

また、フォメンコ劇場の三人姉妹の舞台のように
舞台上は何枚かの白いカーテンで舞台が半分ほど覆い隠されており
カーテンを開けて芝居が始まっていくという趣向。

ケラ演出の舞台ではカーテンが登場人物たちを最初は隠す役割などをしたりするが、
第1幕の途中からはカーテンはしまわれ、舞台全体が見られるようになる。

各幕の前には生ギターにより演奏があり、その音楽が舞台の雰囲気ともマッチしており
観客が舞台に入り込むきっかけともなり、非常に効果的に働いていた。

ただし、3幕のワーニャの怒りの場面では、彼の心の激しさを現わすためにか
ギターによる効果音が加えられていたが、
段田演じるワーニャの演技があまりに素晴らしかったために、
音色が余計で単なるノイズに感じられたのが残念だった。

衣装はオーソドックスなものだが、洗練されており
登場する人物は幕ごとに衣装が変わり、エレーナやソーニャといった女性陣の
美しさを際立てていた。
ただ、エレーナだけでなく、ソーニャも美しい着こなしで
田舎暮らしの恋愛対象にならない女性という面は消えてしまっていたかも・・・。

実際、エレーナ役はともかくソーニャ役をもらって喜ぶ女優はなかなか
いないだろうけど・・・。本当にチェーホフ(の描く世界)は残酷です。


まず作品全体を通しての感想が、
日本でこれ以上のワーニャは今後なかなか
現れないのではないかと思わせられるほどの完成度だった。
7000円もこれなら高くない。

正攻法のリアリズムでチェーホフを上演して、それを成立させること自体が難しいなか
演出家であるケラさんの読解、そしてそれに応える演者全員の高い技量によって
素晴らしい出来栄えとなっていた。
逆を言えば、演出家の読解力の無さと役者の演技力の無さを
そのどちらか、もしくはどちらも、を感じるチェーホフ作品が多いのだが・・・。

特に素晴らしかったのは、ワーニャを演じた段田さんと
ソーニャを演じた黒木さんの二人。

三人姉妹のエレーナとヴェルシーニンの関係性の演出を見ていて
ケラさんは恋愛関係を表現するのが卓越した演出家だと思ったのだが
今回の舞台ではそれがソーニャに活かされていた。

マーシャ役の宮沢さんはまさにエレーナにふさわしい美しさで
素晴らしいエレーナだったのだが、
アーストロフとの関係性をとってみると、前回の三人姉妹の方が感動は強かった。
また、何か声色を作っていたように思われたが、それがエレーナの性格付けのように
なってしまっていた点もちょっと違和感を感じた。

アーストロフ役の横田さん、セレブリャコフ役の山崎さん共に
素晴らしい演技だったが、チェーホフの描いた人物より
お二人の人柄からか良い人物になってしまっていたかも・・・
いや、本当にチェーホフが描く人物はどうしようもないので・・・

最も素晴らしかった瞬間は、段田さん演じるワーニャが銃を発砲するまでの
これまでの自分の人生を振り返りながら、怒りを爆発させるシーン

そして黒木さん演じるソーニャの最後のあの有名なモノローグのシーンだった。
ananのインタビューで黒木さんは台詞が良く分かっていないと正直に吐露しているが
その誠実さが演技全体にプラスに働いていたと思う。

あのモノローグを情感たっぷりに感情をこれでもかと込める人がいるが
黒木さん演じるソーニャは、あの絶望的な状況でただただ口をついて出てくる
空疎な言葉として発せられていて、
今回のリアリズムとして演出されたワーニャ伯父さんをまさに完璧に締めくくっていた。

笑いに溢れた演出という評価もあるが、このくらいはロシアの舞台を見ていて
当たり前のように行われているので、取り立てて触れることもないが
最後のエレーナとワーニャのやり取りまで茶化してしまったのは
やりすぎに感じられた。

第3幕の銃声のあとで、ワーニャが自分でバンというところは
牧原先生が見たらさぞ喜んだのではないだろうか。


以下は問題点など





さて、演出に関してロシアを知っていると突っ込みどころがチラホラあった。

まず、サモワールが置いてあるのは良いのだが、ばあやだったかソーニャが
ジャムを持ってきた瞬間にすごい嫌な予感がした。

そのジャムはしばらく誰も手を付けないのだが、遅れて現れたエレーナが
お茶にやはりそれを入れてしまった。
・・・・このロシアンティーの誤解を今さらこの21世紀に見ることになろうとは
しかも新国立劇場で・・・
ロシアの人たちはお茶にジャムを入れるような真似は決していたしません。
なぜか日本でのみこの誤解が流通してしまっています。

お茶うけがなかなか手に入らない時代に、甘いものの代わりにジャムを添えて
出したりするのですが、それはジャムをそれだけで食べながらお茶を飲むのです。


また、テレーギンをエレーナが間違って呼ぶ名前がイワンであったこと。

つまり、イワンの愛称がワーニャであるとケラさんは知らないということになる。
あの間違いであった場合、当然ワーニャも反応しなければならないが
段田さんは反応していなかった。

こうしたロシアについての無知による演出上の問題があったのは非常に残念。

もう少しちゃんと調べられなかったのだろうか・・・
チラシにはロシア語が踊っているが、おそらく誰も書いてあることの意味も分かっていないのではないか。
グーグルで簡単に翻訳もできるので・・・・


また、作品の解釈として、相関図にある通り、エレーナとアーストロフの関係を
恋愛関係だとしている点も、それは違うのではと思う。

もちろんそういう解釈で演出してこの作品は成功していたので
あえていう必要はないのかもしれないが、この二人の関係は
三人姉妹のマーシャとヴェルシーニンのような愛のある不倫とは距離がある。

むしろ恋ですらないからこそ、あの口づけやアーストロフの小屋への誘いが
なんとも言えないショックであり、この作品に溢れすぎているどうしようもない人々の
どうしようもない行為が露わになるのではないか。もうお腹いっぱいなのに。

この辺は作品解釈の問題になってしまうので、この辺で・・・

ただ、本当に素晴らしい舞台でした。
桜の園も期待しています。


でも翻訳者は明示してほしいなぁ・・・
翻訳したりする身としてはただただ哀しいです。

こういった翻訳を明示しないカンパニーはちらほらあるけど、
もし悲劇喜劇に翻訳者が載らないのだとしたら、演劇雑誌としての見識を疑います。

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